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JEWEL

JEWEL

綺羅星の祈り 1

沖田さんが両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。

ヒタヒタと、“アレ”が忍び寄ってくる気配がする。

「・・けて・・」
やがて、“アレ”が自分の首を絞め上げた時、女は苦しそうに喘ぎながら助けを呼んだが、誰も来なかった。
「あ、あぁ・・」」
絶望にまみれながら、女は死んでいった。
―愚かな女・・
冷たい骸と化した女を冷たく見下ろしながら、“ソレ”はそのまま夜の闇に紛れて姿を消した。
「おい、どうしたのだ!?」
「申し訳ありませぬ、牛が何かに怯えてしまって・・」
ガタンと牛車が大きく揺れた後、牛がピクリとも動こうとしない事に気づいた従者達は何とか牛を動かせようとしたが、牛は全く動こうとしない。
「えぇい、早く牛を動かさぬか!」
「しかし・・」
「それならば、わたしがこの牛を動かしてみせましょう。」
そう言って貴族の男の前に姿を現したのは、直衣姿の男だった。
「出来るのか?」
「・・はい。」
男は、地面に向かって祭文を唱えると、牛を怯えさせていた“何か”の気配が消え去った。
すると牛は、漸く動き出した。
「・・やっと、動いたか。」
「どうぞ、お気をつけてお帰り下さいませ。」
貴族の男を乗せた牛車が見えなくなった後、直衣姿の男―土方歳三は、深い溜息を吐いて家路に着いた。
「お帰りなさいませ、殿。」
「お帰りなさいませ。」
主である歳三の帰りを、彼の式神達が出迎えた。
流行病で亡くなった両親が遺してくれた広大な邸に、歳三は一人で暮らしていた。
色白で少し渋味のある端正な顔立ちに、琥珀のような美しい黄金色の瞳を持った歳三は、陰陽師として類稀なる才も併せ持っているからなのか、女人にはよくモテた。
だが歳三は、自らの生い立ち故に、結婚など一度も望んだ事はなかった。
彼の生い立ち―それは、人間の父親と妖狐の母親との間に生まれた半妖だという事である。
己の中に流れる“血”の所為で、歳三は幼い頃から謂れのない誹謗中傷に耐えてきた。
その所為で、歳三は、恋愛はするが、結婚には全く興味がなかった。
(俺は一生、一人でいい。)
そんな事を思いながら歳三が寝所で眠っていると、突然甲高い少年の声が門の向こうから聞こえて来た。
「すいませ~ん、誰か居ませんか!」
「鉄、やめなさい!」
歳三が門を開けると、水干姿の少年と直衣姿の青年が立っていた。
「鬼が、来るわ・・」
「姫様?」
大納言家で行われている管弦の宴の最中、一人の女童がそう言って誰も居ない空間を指した。
「まぁ、おかしな事を言う子ね。鬼なんて来やしないわよ。」
「ううん、来るわ。」
「早くこの子を部屋へ連れて行きなさい。」
「は、はい・・」
女房に連れられた娘は、突然彼女の手を振り払うと、母親に抱きついた。
「母様、今夜は一緒に寝て!」
「えぇ、わかったわ。すぐに行くから待っていてね。」
だが、母親は娘の元に行く事は出来なかった。
彼女は夫とその一族と共に、邸に潜入して来た賊によって殺害されたからだ。
「母様、どこ~?」
漆黒の闇の中で、母を喪った幼子の泣き声が響いた。
時を同じくして、歳三は突然自宅にやって来た水干姿の少年と直衣姿の青年を睨みつけていた。
「弟子にさせて下さい、だぁ?」
「はい!俺ずっと土方さんに憧れていました、だから・・」
「悪ぃが、俺は弟子を取るつもりはねぇ。わかったら、さっさと諦めて・・」
「俺を弟子にして下さい!」
「やめないか、鉄!土方様が困っているだろう!」
直衣姿の青年―市村辰之助はそう叫ぶと、弟の鉄之助の頭を殴った。
「辰兄ぃ~!」
「突然こんな夜中に押しかけて来てしまって申し訳ありません。後でわたしが弟に良く言って聞かせますので・・さぁ、帰るぞ!」
「辰兄ぃ~、待ってくれよ~!」
嵐のようにやって来て、嵐のように市村兄弟が去った後、歳三は溜息を吐いた。
「人騒がせな奴らだぜ・・」
そう言った彼の顔には、疲労の色が滲んでいた。
「大納言家の者達が、賊に皆殺しにされたとか・・」
「生き残った者の証言によれば、賊は皆鬼の面をつけていたとか・・」
「あぁ、恐ろしい・・」
歳三が宮中に参内すると、貴族達が大納言家で起きた惨劇の事を話していた。
「土方様、今日は早いですね?」
「これは伊東殿、あなたがわたしに話しかけるなんてお珍しい。」
「まぁ、わたしの顔を覚えてくださっているなんて嬉しい。」
伊東はそう言うと、歳三にしなだれかかった。
ゾワリと鳥肌が立ち、彼は慌てて伊東から離れた。
「では、わたしはこれで・・」
「つれないわね、ふふ・・」
慌てて陰陽寮へと向かう歳三の背中を見送りながら、伊東はそう呟いた後笑った。
「・・余りしつこくすると、嫌われてしまいますよ?」
「まぁ斎藤さん、あなたいつから居たの!?」
「あなたが土方殿に言い寄って来たところからです。」
「あら、全て見られていたのね、恥ずかしいわ。」
伊東はそう言うと、口元で扇を隠しながら笑った。
同じ頃、後宮では一人の姫君の入内についてある噂が飛び交っていた。
「ねぇ、本当にあの方が入内なさるの?」
「嫌だわぁ、あんな方が・・」
「鬼憑きの姫君なんて、恐ろしい・・」
「後宮に災いを招くのかもしれないわ・・」
弘徽殿女御は、女房達はそんな囁き声を聞きながら、膝上で眠っている我が子の頭を撫でた。
この子は、自分にとって希望そのものだ。
自分達親子を邪魔するものは、何があっても排除してみせる。
それが、たとえ鬼憑きの姫であったとしても。
一方、その鬼憑きの姫―総司は、琵琶を自室で奏でていた。
「姫様、お館様がお呼びです。」
「わかりました、すぐに参ります。」
衣擦れの音を立てながら総司が寝殿へと向かうと、そこには何処か険しい表情を浮かべている父の姿があった。
「父上、どうなさったのです?」
「総司、今すぐ京を離れろ、鬼に喰われる前に。」


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